
26日 午後1時 東京・霞が関

桜井さんの出迎えを受ける小林さん
今朝8時半過ぎ、痴漢えん罪を訴えるも実刑が確定し静岡刑務所に収監されていた小林さんが仮釈放されました。
(痴漢えん罪事件は数多くありますが、その中でもこの事件は飛びぬけて裁判所と検察の悪意を感じた冤罪事件でした。指が痛くて痴漢などすれば『拷問のような痛み』を感じるのに『出来ない事はない』
と有罪認定した裁判所にはこれっぽちも法治国家の匂いを感じません。痴漢っつーの『痛みに耐えて頑張って』やるもんなんですか?有罪認定した裁判官は『痛みに耐えてもヤル』ほど性欲が強い方なのでしょうが、その性欲の強さは異常であるということを自覚したいただきたいと思います)
2010年10月19日に収監されてからおよそ1年3カ月、
懲役1年10カ月でしたから満期よりも7カ月早くでることができました。
迎えに行った方の話によると、「小林さんは車いすだけど元気、元気」だそうです。
通常、否認しているとなかなか仮釈放はもらえないのですが、とりあえず良かったぁ。。
昨日もはよから埼玉に行っておりました。
歩道もすっかり凍っていて、道行く人々は僕も含めて皆さんペンギン歩きです。
それでも何人もの人が転んでいました。
首都圏では1000人以上の人が怪我をしたとか…。
この程度の雪にも僕らは対応できない。
自然の力の前に無力さを感じました。。。

さいたま市 24日午前10時
昨日の夜から降り続いた雪が積もって、今朝はうちの周りも一面真っ白でした。
こういう時に、ロクに暖房施設もない刑務所や拘置所は寒いんだろうなぁといつも想像します。
横浜刑務所のゴビンダさん、千葉刑務所の守さん、東京拘置所の袴田さん、名古屋拘置所の林さんや三好さん、寒さに慣れるなんてないですよね。きっと震える夜を過ごしているんだろうなぁと想像します。
さて痴漢えん罪を訴えて服役したものの今度は本当に痴漢をしてしまったkさんから久しぶりに連絡が来ました。現在は川越少年刑務所に収監されています。
「時間が経ち、気持ちの整理と言ってよいのか、少し前の自分は自分よがりの考えでバカだったと思います。本当に情けないと思います。いわぢろうさんからの手紙を何度となく読み返し、このままではいけないと感じました」と書かれていました。
ちなみに僕は大した手紙は送っていません。前回紹介した手紙も含めてkさんからの手紙があんまり自分や身近な人を非難しているように感じたので「もっと自分を大切にしてください。自分が自分のことを大事にしてあげないと誰があなたを大事にしてくれるのですか、可哀想ですよ。あんまり自分をいじめると他人にも意地悪になりますから、まず自分を大事にしてください」というくらいのことを書いただけでした。ただ何か思うところがあったのかもしれません。
kさんは間もなく移送されるそうです。知人からは「冤罪じゃないのにまだ付き合うの?」とも言われましたが付き合う付き合わないというふうにはあまり思っていません。縁だと思うので自然体でいこうと思っています。
またkさんから連絡が来たら、紹介します。
立ち直ってくれるといいなぁと本当に思います。彼はまだ40代前半だし…。そしていつかお子さんとも会えるようになればいいなと思っています。
福島の子どもたちの医療費の無料化が見送られたそうです。
「風邪なども含めて福島の子供だけ無料にするのは説明がつきにくい」そうです。
放射能の影響は免疫系に出やすく、チェルノブイリの子供たちは風邪などをひきやすい、という報告はデマだということなのでしょう。さすが科学的知見に富んだお役人様だ。原発から30前幣緡イ譴討い譴舒汰瓦世辰童世辰討燭發鵑諭J‥腓了匐,燭舛風邪をひきやすいなんて事はあり得ないわけだから、風邪の診察を無料にするわけにはさすがにいかないっすよねー。まさか自分たちが「影響がない」と言ったから健康被害は認めないってわけじゃないですよね?
でもこういう考え方ってすごいなぁと思います。きっとお役人様の身体はぜーんぶパーツパーツに分かれているので、決められた場所(例えば甲状腺)以外の機能に影響が出るなんてこともあり得なくて、しかも数値的にも問題ない値なので、健康に影響が出る事もないのでしょう。人間って、そんなふうにしゃくし定規に出来ているとは知りませんでした。きっと彼らには血も通ってないんだろうなぁ。。。
福島の子の医療費無料化を断念 首相、財源困難と判断
野田佳彦首相は、福島県内の18歳以下の医療費無料化を断念する方針を固めた。福島県からの要請を受けて検討する考えを表明していたが、財源確保が難しいと判断した。近く県側に伝える。東京電力福島第一原発事故の影響で子どもの放射線被曝(ひばく)への懸念が強まっており、福島県の佐藤雄平知事が無料化を求めていた。県外への人口流出を防ぐねらいもある。首相は今月8日に福島県を訪れた際、「政府内でしっかり検討したい」と表明していた。野田政権は必要な経費を年間100億円弱と試算したが、医療費が膨らむ可能性も指摘されていた。政権内で検討した結果、無料化で増える受診に対応する医師の確保が新たな問題点として浮上。福島県外の住民との公平性からも難しいと判断した。復興対策本部の幹部は「額はそれほど大きくないが、風邪などの医療費も含めて福島だけ無料にする説明がつきにくい」と話す。
2012.1.22 asahi.comより
さて20日に行われたチチハル毒ガス事件裁判の公判では、被害者の方も証言台に立ちました。
王成さん(事故当時23歳)という中国人男性です。この方も免疫系への影響を訴えていました。
彼はそれまでチチハルで廃品回収の仕事をしていました。
2003年8月4日は李貴珍さん(当時31)という友人に「手伝ってほしい」と言われ、手伝いに出かけました。
いった先には大きなドラム缶が5つ置いてあってドラム缶の中から泥や液体をひしゃくでくみ出すという仕事を手伝いました。実はこれが旧日本軍が捨てていった毒ガス剤入りのドラム缶でした。「鼻を突くようなカラシのようなにおいがした」そうです。しかし現場の人たちにそういう認識はなく「ディーゼル油だと思っていた」そうです。
この液体は作業をしている王さんの身体にもつきました。王さんは右足の甲のあたりに液がついたと言います。
およそ2時間で作業は終わりましたが、それから数時間して王さんの体に異変が起きてきます。
「息苦しさ、吐気、目の痛みが出てきた」
彼はそのまま入院することになります。
しかし快方に向かいません。
「目が痛くて開けられなくなって、吐気がしてきた。足の指の間の関節が痛くなってきて、水泡ができた」。この水泡は右足の甲のあたりにでき、その大きさは15センチから20センチくらい、の黄色いもので臭いにおいがしたそうです。
病院では水泡を潰して膿をだし、腐乱した肉を取り除いて薬を塗るという治療を続けましたが良くならず、結局皮膚の移植手術をします。移植手術は2回行われました。1回目は左足の皮膚をとって足の甲に移植、2回目は右足の皮膚をインノウに移植しました。
そうしているうちに現場で一緒に働いていた李貴珍さんが亡くなったそうです。
「彼と同じような運命になるのかと思ってとても怖かった」と王さんは言います。
かれは現在も肺気腫、喘息の所見が示唆されているそうです。そして咳止め、解熱剤、炎症止めなどの薬を常用しています。それでも息は苦しく、痰も出て1カ月に1回は風邪をひき、高熱が1週間くらいは続くそうです。
現在も疲れやすくて仕事ができないと言います。
―どのくらいで疲れてしまうのですか?
「十数分です」
―どんな仕事ですか?
「床を掃いたり、掃除したりです」
―どんな状態になるんですか?
「息が苦しくて上がってこなく、心臓がドキドキします」
そして僕がなにより驚いたのは尿意です。
夜寝ている時に頻繁に尿意をもよおすそうです。
―一晩にどのくらいトイレにいくのですか?
「十数回です」
さて、本日はたくさんの注目の公判が開かれるのですね。
最高裁では光市母子殺害事件の弁論が開かれます。
東京高裁では、警察の裏金を告発しそののち公務執行妨害で逮捕され免職になった元警察官、大河原宗平氏の公判が10時15分から824号法廷で、このブログでも紹介した大高さんの裁判が東京地裁で13時30分から426号法廷(警備法廷のため13時より傍聴券抽選)で開かれます。
残念ながら僕は別件で埼玉に行っていてみられないんですね。ご興味のある方、ぜひ裁判所に足をお運びください。
今日、亀戸で野宿者のデモ行進がありました。
堅川河川敷公園で小屋を作って住む野宿者の方々の強制排除に抗議をするデモです。

22日午前11時過ぎ 亀戸駅前

参加者はおよそ200人
現在、この堅川河川敷公園では改修工事のためということで16軒の方々に行政代執行の戒告がされています。支援者によれば、このままだと1月の末から2月初めには行政代執行によって強制的に排除されてしまうだろうとのことです。

堅川河川敷公園
僕はホームレスの取材をする前までは、公園に住む野宿者について深く考えたこともなく、「なんでこんなところにいるんだろう、邪魔だ」とか「ホームレスになったのは自分のせいじゃないの、働かないからだ」とわかったような青臭いことを思っていました。
しかしホームレス取材をすることで、その僕の考えが一面的であるということにようやく気が付きました。
それが全部だとは言いませんが、僕が取材した方の多くはサラリーマンをやっていて、会社が倒産した。あるいは寄せ場で働いていたけども、年をとって仕事がなくなってしまった。あるいは病気をして働けなくなってしまった、という人たちでした。
なぜ、都が用意した無料アパートとか利用しないのか?たいてい期限が設けられています。1年と、2年とか。野宿者の多くは高齢者です。その間に定職につける可能性は限りなくゼロに近い。すると2年経つとどうなるのか?何もないところに放り出されます。その時にはかつて自分が住んでいた小屋はもちろん取り壊されています。新しく作る場所もありません。だったら、小屋にいた方がいいじゃないか、ということになります。
なぜ、職業訓練を受けないのか?ホームレスになっている人の多くはかつて職人さんでした。ボイラー技士とか大型特殊とか技能を持っている人が少なくありません。それでも就職がないのが現実です。かつて溶接の職人だった人がホームレスになり、行政の勧めで、そういった支援センターに行きました。習ったのはパンクなどの自転車の修理の仕方だったそうです。若い職員には「おっちゃんも手に職をつけないとダメだ」と言われたそうです。
堅川公園に住む方々も様々な仕事をしていました。
陳述書をいただいたのでそこから抜粋します。
「中学を卒業してすぐ船用のランプなどを作るガラス工場で働くようになりました。22歳まではそこで働きました。サラリーマンでした。工場が蒲田にあったので横浜から蒲田までバスで通いました。景気がいい時だったので仕事はたくさんあり、給料はそんなに高くなかったのですが、ボーナスが年い5回出るようなこともありました。しかし昭和49年のオイルショックで倒産し、工場の40人〜50人全員仕事がなくなりました」
この方はその後、住み込みでパチンコ屋さんの店員を10年、新聞の配達を住み込みで10年、その後解体の仕事をおよそ10年続けましたが、仕事で失敗しその後ホームレスになりました。現在は61歳、アルミ缶集めで生計を立てているそうです。
船乗りを13年やった方は船乗りを辞めた後、東京へ出てきました。
「東京で、鳶、左官、重機のオペレーションをやりました。山崩しと言って山のてっぺんに機会をあげて上からずっと地盤を下げていくという機械のオペでの仕事もやりました。日雇いではなく正規の仕事で3年くらいやりました。
シールドトンネルの工事の準備作業もしました。地下を掘る仕事でシールドという機械を使ってトンネルをつくっていくためには立坑を掘ってから横掘りをしなければなりません。その準備の仕事です。6〜7年やりました。
その後、ハウスの組み立ての仕事をしました。現場にキットになったハウスの材料を積んでいって組み立てる仕事です。6年くらいやりました」
この方も62歳で、現在はアルミ缶集めで生計を立てています。
ある支援者の方はこう話します。
「自然災害で家を失った人が公園に仮設住宅とか建ててもらうじゃないですか。野宿者はなんで野宿者になった原因は大きくは不況です。この不況も自分の力ではどうしようもない。そういう意味では災害ではないでしょうか」
現在、こういった野宿者のテントには嫌がらせが相次いでいます。
ここも小屋の上にネットが掛けられていました。これは彼らがかけたようです。
小屋の住人はこう言っていました。
「上から、缶だとかゴミだとか投げて来るんですよ。でもこのネットを通り越してくるからねぇ。。」

小屋の上にネットが張られている

橋の上から
そして、小屋には「安否確認不要」という張り紙がしてあります。
これはガードマンやら区の職員が安否確認と称してやってくるそうです。これが善意の安否確認ならいいですがどうやらそうでもないようです。
「昨年9月から江東区はガードマンを雇い、3人グループにして週に1〜2回とんでもない時間帯に巡回させています。午後11時に来ることもあれば午前2時や3時に来ることもあります。仲間のテントを勝手にあけ、寝ている人の顔に懐中電灯で光をあてて『ここは住む所じゃない』『早く移動しろ』などと口汚く起きるまで喚き散らすような嫌がらせをしてきました」
また江東区の水辺と緑の課の課長がヤクザまがいの言葉で野宿者たちを脅したという証言もあります。
「弱い者に強い」って僕は恥ずかしいことだと思っています。

たくさんの張り紙

健康なので安否確認不要です
どんどん政治が自公時代に戻っています。
つまり官僚が復権し、官僚のための官僚による政治が復活しているわけです。
またひとつ政治主導から官僚主導へと移りました。
法制局長官答弁、復活へ=通常国会から―政府・民主2012年1月19日23時6分
政府・民主党は24日召集の通常国会から法制局長官の国会答弁を復活させる方針を固めた。民主党幹部が19日、明らかにした。政府は現在、国会で閣僚を支えて答弁する「政府特別補佐人」から法制局長官を除外しているが、通常国会からは同長官も補佐人に加える。民主党は20日の衆院議院運営委員会理事会でこうした方針を野党側に伝える。
官僚というのはどういう生き物か、それがよくわかるチチハル毒ガス裁判の法廷が昨日、東京高裁で開かれました。
チチハル毒ガス裁判
2003年8月4日、中国黒竜省チチハル市のマンション工事現場から旧日本軍の埋めたドラム缶5本に入った毒ガスが掘り起こされ、住民が毒ガス剤を浴びた。その結果子どもを含む住民など43名が負傷、1名が死亡。さらに毒ガスを浴びた43名は今も後遺症に苦しんでいる。チチハル毒ガス訴訟は中国人被害者がその補償を日本政府に求めた裁判。一審は国の責任を否定し、原告が敗訴した。現在、控訴審が争われている。
昨日は遺棄化学兵器問題に関する日中政府間協議が行われた1991年当時の外務省中国課長が証言に立ちました。
元中国課長氏は
廃棄された兵器については
「通常廃棄された国が処理する。通常砲弾は中国側が処理している」とし、
「我が国としては先の大戦に係る日中間の請求権は197年の二中共同声明以降は存在しない」と証言しました。
そしてこの遺棄化学兵器の問題に関しては
「日中友好、協力の視点からわが国の自発的な対中協力の一環として対応する」ということでした。
以下、国側代理人の質問に対する答えの要旨です。
1991年12月 第2回日中政府間協議では早急な処理が日中共通の認識だった。
前例がないので思考錯誤しながら誠心誠意、対処していくしかないと思った。
日本側は実態調査に重きを置き、中国側は早急な廃棄処理により比重を置いていた。
当時、処理は技術的にも大変難しくまた膨大な量もあり、種類も多かったので日本側はそういったこと(実態調査)をしないと技術的な処理も早く進まないという危機感があった。
中国側は「重要なのは処理を行っていくこと。来年は日中国交20周年だが、化学兵器の処理をしなければその意義はない」と言っていた。
日本としてはいかなるものがどこいあるかはっきりしなければ対処のしようがないと考えていた。
中国側から資料の提供はあったが、この資料だけでは実態把握は出来なかった。チチハルについてもあげられてはいるが特別な注意を払っていない。中国側は200万発が8つの都市20の地区に遺棄されているということを示したが、特別にチチハルについて言及するというようなことはなかった。
1992年6月の第3回日中政府間協議では中国側は「この件については中国側は完全被害者であり日本側は遺棄責任を全面的に認める事がまず原則である」と言ってきた。日本としては自発的に行う日中協力の問題としていたので溝があったが実務的、技術的に誠意を持って対応した。
施設面、物的援助が中心、具体的には処理施設や機材の供与などです。
中国側から軍関係者などから情報を収集できないかなどの発言があった。外務省も当時の防衛庁と当初から協力し、防衛庁が遺棄化学兵器の資料についても真剣に調査したが残念ながら試料の散逸などにより、きちっとした情報は得られなかった。
この問題については防衛庁が真剣に検討したが包括的な検討結果はなかなか得られなかった。
―中国の提案(情報収集)についての対応はしたのか
私どもとしては出来るだけ誠意を持って対処したという自覚があります。
―検討をするように指示をしたのか?
残念ながら色々な制約、要因があって実際にはやっていなかった。
この問題は大変重要な問題で、中国政府、我が国にとりましても非常に重要な問題であると強く後任に引き継いだ。
つまり「やる義務は負っていなかったが、自発的に協力という立場で一生懸命やりました」ということです。
僕はこの証言を聞いていて、ちょっと違和感を覚えました。というのも、具体的な事はあまり言わず、形容する言葉が妙に多いのです。
例えば―
「実務的、技術的に誠意を持って対応した」
「真剣に調査したが」
「防衛庁が真剣に検討したが」
「出来るだけ誠意を持って」
「色々な制約、要因があって実際にはやっていなかった」
これなんだか一生懸命やっているように感じるのですが、具体的には何も言ってません。野田首相の答弁そっくりです。つまり野田首相の答弁は官僚の作ということなんでしょうが…。
さて反対尋問ではこの「誠意」や「真剣」という中身についての質問が集中しました。
以下、反対尋問でのやり取りの一部(要旨)です。
―未発見の遺棄化学兵器による被害を受けて防衛庁に情報提供を求めたり調査を依頼したりということはありましたか?
「当初から防衛庁とは連絡をしていました」
―具体的にはどういう内容ですか?
「20年も前のことなので記憶にありません」
―文書で指示したことはありますか?
「記憶にありません」
―どういう内容の調査をしてくれと指示しましたか?
「正確には記憶にありません」
「防衛庁に対しては実態がどうなっているのかさらなる努力をお願いしました」
―他に環境庁、厚生省の部署に調査を依頼したことは?
「記憶にありません」
―初歩的調査を行った埋設可能性のある7つの地区の中のチチハル地区について情報提供を求めたり、検討したことはありますか?
「えーっと、それはですね、当初…」
―あるか、ないか
「端的に言えばないということになりますね」
―初歩的調査を行い埋設可能性のある地区という情報が中国側から示された意図について問い合わせたことはありますか?
「記憶にはありませんが、少なくともこの問題については…」
―意思について質問したことはあるか?
「ありません」
―埋設可能性のあるばしょについて防衛庁に調査依頼をしたことはあるか?
「記憶にはございません」
―具体的にはどういう調査依頼をしたんですか?
「本件、そういう問題について…」
―具体的には?
「日本側で出来るだけ調査をしてきちんとした調査結果を出せなかった」
―被害の未然防止の観点から十分だと思いましたか?
「思いませんでした」
―さらなる調査依頼はしましたか?
「引き続き検討してほしいとしました」
―具体的にもう少し場所を特定してほしいと要請した等はありますか?
「私の記憶では個別というよりももう少し包括的に…
個別の具体例ではございませんでしたけれども…」
―ない?
「まぁ、ないといえばないんでしょうね」
―遺棄化学兵器の情報収集するために厚生省、環境省に問い合わせをした事実はありますか?
「ないです」
―民間人からの聞き取り調査はしましたか?
「私の在任中はやっていません。色々事務がありますので逐一記憶しておりません」
―ちゃんとやっていれば被害は防げたと思いませんか?
「その点についてはお答えできる材料を持ち合わせていません」
さて裁判官からも具体的に何をしたのか、尋ねる場面がありました。
―先ほど中国側の求める聞き取りについて「いろいろ制約があって出来なかった」と言っていますが具体的にどんなことでしょう
「資料の散逸が甚だしくてそれだけではなく消失などもあり結論が出てこない。現実的当時の場所などは答えられませんでした。」
―聞き取りをなぜ実施しなかったかということなんですが?
「資料の散逸、不在等々、45年も経っているので人的な調査を行える状況ではありませんでした。現実的ではない、もちろん検討はしましたが出来ないということでした」
国の「真剣」な「誠意」、堪能していただけましたでしょうか?
※法廷メモを元にして書いておりますが万が一証言と違うなどがありましたらご連絡ください。まし訂正します。
…いわぢろう
東電OL殺害事件の追加鑑定の結果が出ました。
それでも、検察は被害女性と最後に接触したのはゴビンダさんだと言い張っています。
女性の膣内の精子と室内に残されていた陰毛のDNAが第3者男性のものとされているにもかかわらず、検察はこの男性とは屋外でセックスし、毛もそのときに残っていたものが室内で落ちた可能性がある。そしてその後ゴビンダさんと殺害現場でセックスしたと現在主張しているわけです。
ゴビンダさん側の弁護士は「こんなことをもしわれわれが主張したら真剣に取り合うでしょうか」といいます(もちろん争いになっているトイレに残されていたコンドームが逆に第3者男性のもという前提です)。
つまりこの被害女性の膣内精子と室内の陰毛がゴビンダさんのものだったとして、それはゴビンダさんが外でセックスをして、そのときに陰毛がついて室内で落ちた。そのあと誰だかわからない第3者が被害女性とセックスをして殺したのだという主張をすればまともに検察はとりあうのか、ということです。
検察って面白いところですね。
追加鑑定、受刑者DNAは不検出…東電OL事件
東京電力女性社員殺害事件で無期懲役が確定したネパール国籍のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(45)の再審請求審で、東京高検が追加で実施していた物証のDNA鑑定のうち、最後の1点だった被害者の着衣から、被害者以外の人物を特定できるようなDNA型は検出されなかったことが、19日わかった。
検察側はさらに鑑定が必要としているが、東京高裁が不要と判断する可能性があり、犯人を直接示すようなものは含まれていないことから、再審開始の可能性が高まった。
高検は、公判段階で開示されなかった42点の物証の中から15点を絞り込んで鑑定を実施。24日には3者協議が開かれ、高裁は残る27点の鑑定の要否を決める見通しだが、高裁が不要と決めた場合、再審開始の是非の判断に移る。
これまで、女性の体内から採取された精液のDNA型が同受刑者と異なる第三者のもので、殺害現場に残された体毛とも一致したことなどが判明。検察側は、女性と最後に接触したのが同受刑者と主張している。(2012年1月20日03時13分 読売新聞)
そんな面白法廷が17日にもありました。
公職選挙法違反の公判です。
僕はこの裁判を傍聴するのは初めてだったのですが、被告人は時間を勘違いしたと25分ほど遅れて到着するし、検事は証人申請を撤回するし、被告側弁護士が「柱となる証人を撤回するなら起訴を取り下げるべきだ」、とせまれば「公判は維持する」と主張するし、裁判官と弁護士は調書の証拠採用と証人尋問の順番でもめるし(弁護側は『先に文字情報が入ると予断をもたれる恐れがあるから、先に証人尋問をすべきだ。裁判員裁判ではそうなっている』と主張。裁判官は『これは裁判官裁判で裁判員裁判でないから先に調書を証拠採用する』と主張。子供か?
そんな公判で面白かったのですが、何を争っているのかよくわかりませんでした。
そこで、たまたま担当していた弁護士が知っている方だったので、公判のあとに捕まえて聞きました。
それによると、選挙のときに足の不自由なお母さんと一緒に投票に行った被告人(おそらく50代)がお母さんの動きが遅いので、投票しているところまで行って、「遅いよ!」などということを言っていたらそれを選挙管理委員に投票指示と思われたそうです。そこで詰め寄られてクリアファイルを突きつけられたので、胸倉をつかんだ、という事案でそこまでは争いがないそうです。
そこから先、手を出した、出してないという点が争われています。
被告は手を出していないといい、検察側は手を出したと主張しています。通常は暴行罪なのですが、投票所なので公選法違反ということだそうです。
そして検察側が証人申請を撤回したのはこのとき現場にいたもう一人の選挙管理委員です。この人は目撃証人として重要な第3者だったのですが「出廷の意思がない」ということでした。
これが弁護側が「唯一の第3者の証言がないのなら、これは起訴を撤回すべきだ」と主張する根拠です。
もう、やったやらないの水掛け論にしかならないんじゃないですか?
よくわかったのは検察の辞書には「疑わしきは被告人の利益へ」という言葉はないとうことでした。
ストレステストの結果は予想通りでした。
この結果は原則40年で廃炉を例外的に20年延長を認めるという政府の方針の正体も想像がつきまます。おそらく原則60年、例外的に40年で廃炉ということです。
裁判の世界でも、調書と公判での証言が違った場合、原則的に公判の証言の信用性が優先されますが、例外的に調書の信用性を認めることになっています。しかし現実はどうでしょう。
公判の証言よりも調書の信用性を高いと認める場合がほとんどです。
つまり、国家機関に有利なほうを採用するというのが日本の現実です。
だから僕らの使う、例外と国家機関の使う例外というのは意味が違うわけです。
こういう言葉の意味を市民と国家機関とできちんと統一すべきだと僕は思います。
さて、先日の「日の丸・君が代」最高裁判決です。
僕は、日の丸・君が代についてはさまざまな議論があり、どちらか一方を強制するということは正義に反すると思っています。特に教育現場での有無を言わさない強制には強い違和感を感じています。
敬う気持ちは強制されるものではなく、自然発生的に沸き起こるものと信じているからです。
教育現場で大切なのは強制ではなく、話し合うことだと思っています。
最高裁で請求を棄却された根津先生からメールをいただきました。
ご本人の許可をいただきましたので、ここに全文を転載させていただきます。
「根津公子です。
16日の最高裁判決法廷の傍聴に駆けつけてくださった皆様、あるいは、気に留めて
いてくださった皆様、ありがとうございます。以下、
06年「君が代」不起立処分(河原井:停職1月 根津:停職3月)最高裁判決の要
旨と若干の感想を記します。
判決は、河原井さんの「処分は取り消す」河原井さんの「損害賠償請求部分は東京
高裁に差し戻す」、しかし、「根津公子の上告を棄却する」という分断判決でした。
11月28日の弁論は、河原井さんに対してだけ開かれたものだったということで
す。弁論の通知が来た9月15日以来、この怖れは何度となく頭を持ち上げてはきま
したが、停職期間を比べれば、停職3月の根津だけ処分妥当とする根拠はないないは
ずだから二人とも処分取消になるだろうとの期待をかなりの率で持ってしまっていま
した。
法廷で官吏の「上告人根津公子以下、ほか一名」「開廷」の発声に続き金築裁判長
が読み上げたことばは「主文 河原井純子…」。この一言で私は敗訴?!と気が動
転。考えを巡らす余裕を一切失ったまま法廷から放り出されました。判決文に目を通
し、時間の経過とともに、現実をはっきり確認したという次第です。
期待してしまった分、落胆が大きかったですが、「日の丸・君が代」問題を終結させ
たい権力の落としどころと、しかし止めは刺すのだということをしっかり見せつけら
れた感じです。
この日はアイム‘89の2人(戒告)、都立学校167名(減給1月の渡辺厚子さ
ん、ほかは戒告)の判決もあり、戒告は処分やむなし、しかし、減給は処分取消とな
りました。
今回の判決は、憲法判断ではなく、「裁量権の濫用があるか」についての判断でし
た。判決は、
嵒垉立行為に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択す
ることについては、慎重な考慮が必要となる」
◆崢篆Δ僚菠を選択することが許容されるのは、過去の非違行為による懲戒処分の
処分歴や不起立行為の前後における態度等に鑑み、学校の規律や秩序の保持等の必要
性と処分による不利益の内容との権衡の観点から、停職処分を選択することの相当性
を基礎付ける具体的な事情が認められる場合。」すなわち、「過去の処分歴に係る非
違行為がその内容や頻度において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものである
場合。」
という2つの基準を示し、その観点から判断して、
2聾彊罎気鵑砲弔い討蓮◆峅甬遒猟┣処分の対象は、いずれも不起立行為であって
積極的に式典の進行を妨害する内容の非違行為は含まれておらず、停職処分を選択し
た都教委の判断は、停職期間の長短にかかわらず、処分の選択が重きに失するものと
して社会通念上著しく妥当を欠き、…違法。」
ず津については、「卒業式における国旗の掲揚の妨
害と引き降ろし及び服務事故再発防止研修における国旗や国歌の問題に係るゼッケン
着用をめぐる抗議による進行妨害といった積極的に式典や研修の進行を妨害する行為
に係るものであるうえ、更に国旗や国歌に係る対応につき校長を批判する内容の文書
の生徒への配布等により2回の文書訓告を受けており、このような過去の処分歴に係
る一連の非違行為の内容や頻度等に鑑みると、…停職期間(3月)の点を含めて停職
処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的事情があったと認められるから違法
であるとはいえない」
としました。
5裁判官のうちただ一人、2人の処分取り消しを主張した宮川光治裁判官の反対意
見を紹介します。
ア.「上告人らが職務命令に従わなかったのはその行為が上告人らの思想及び良心の
核心の表出であるか少なくともこれと密接に関連している。国旗及び国歌に関する法
律と学習指導要領が教職員に起立斉唱行為等を職務命令として強制することの根拠と
なるものではない。通達は価値中立的な意図で発せられたものではなく、不利益処分
をもってその歴史観等に反する行為を強制することにある。」
イ.「上告人らは地方公務員ではあるが、教育公務員であり、一般行政とは異なり、
教育の目標に照らし、特別の自由が保障されている。…公権力によって特別の意見の
みを教授することを強制されることがあってはならないのであり、他方、教授の具体
的内容及び方法についてある程度自由な裁量が認められることについては自明のこと
である。
…式典において、教育の一環として、国旗掲揚、国歌斉唱が準備され、推敲される場
合に、これを妨害する行為は許されない。しかし、そこまでであって、それ以上に生
徒に対し直接に教育するという場を離れた場面においては、自らの思想及び良心の核
心に反する行為を求められることはないというべきである。」
ウ.上告人らの不起立行為は、…人権の尊重や自主的に思考することの大切さを強調
する教育実践を続けてきた教育者としての信念に起因するものであり、その動機は真
摯であり、いわゆる非行・非違行為とは次元を異にする。」
エ.「上告人らの不起立行為は消極的不作為に過ぎないのであって、式典を妨害する
等の積極的行為を含まず、…法益の侵害はほとんどない」
オ.戒告処分がひとたびなされると、累積処分が機械的にスタートする。戒告処分で
あっても過剰に過ぎ、比例原則に反する。
カ.根津の処分歴に係る一連の非違行為の内容や態度には一部許されないものがある
が、本件は単なる不起立行為にすぎないのであるから、停職処分(3月)は是認でき
ない。
判決を読んで思ったこと―
積極的な妨害とはいえない不起立については救済の対象=減給以上の処分は違法、し
かし、根津のように積極的に妨害、批判する者は許さない=停職処分は違法ではない
とした判決でした。一方に救済する者を作り、そこを落としどころとして、しかも根
津には止めを刺し、それを以って今後不起立をしようと思う教員に対する見せしめと
する。裁判所はこうして、「君が代」裁判に幕を閉じようとしているように思う。終
わった問題とすることで現場の教員たちの「君が代」強制に対する疑問や抵抗感を一
掃し、闘いを潰す狙いがあったのではないか、と思います。
そうではあっても、判決が、戒告を超えた処分、すなわち、減給以上は原則違法とし
た点は特筆すべきことだと思います。これにより、累積加重処分は違法となり、実質
東京の10・23通達は半分以上崩れたと見ていいでしょう。大阪の教育基本条例も
見直しを迫られています。
しかし素直に喜ぶことはできません。大阪では職務命令に2度違反した教員を自動的
に停職にできる条項を見直し、停職の前に指導研修の機会を設ける考えを示したとの
こと。そして、橋下市長は「違反状態が改善されるまで現場復帰は認めない」と言っ
たとか。「積極的な妨害、批判等」よろしく、「積極的な非転向。研修の成果なし。
免職妥当」としてくるのではないかと危惧します。
根津の処分も取り消すべしと言った宮川裁判官は、教育公務員は教育の目標に照ら
し、特別の自由が保障されることを指摘するなど、教育の自由の観点を大事にした判
断をしています。でも、その宮川裁判官でさえ、「根津の処分歴に係る一連の非違行
為の内容や態度には一部許されないものもあるが」と言います。「積極的な妨害」が
許されないというのでしょう。
報道の多くが「処分取り消し」ばかりを大きく映し出したことには、どういう意図が
あったのだろうと疑念を持ちました。
とりあえず、ここまで」
昨日のニュースの中で一番驚いたのは「原発は40年で廃炉にするといっていた舌の根も乾かないうち60年まで延長可能」と言いだしたというものです。もう、開いた口がふさがりません。
原発運転期間、最長で60年認める
政府は17日、原発の運転期間を40年に制限するのに伴い、例外的に認める
運転延長を「20年を超えない期間で1回限り」とすると発表した。こ
の規定を盛り込んだ原子炉等規制法の改正案を通常国会に提出する予定で、
原発の「寿命」は最長で60年となる。細野豪志原発事故担当相は6日、運転期間を原則40年にすると発表し
「延長の可能性は残っているが、40年以上の運転は極めてハードルが高くなった」
と説明した。ただ、運用次第では延長規定が“抜け道”となる懸念もある。延長を認めるのは「原子炉に劣化が生じても安全性が確保されること」を条件と
しており、具体的な判断基準や手続きが今後の課題となる。また審査の重複を省くため、型式の設計証明や指定の制度を設け、同型機の
審査期間を短縮できるようにする。(共同)[2012年1月17日18時16分]
そしてその後も「特例」として、延長が続くと思います。
こういった官僚の姑息さは枚挙にいとまがありません。
例えば最近だと八ツ場ダムです。
この八ツ場ダム建設再開はもめにもめて、官房長官裁定として継続にむけて2つの要件がつきました。
1.河川整備計画の策定
2.生活再建に関する法案の提出
しかしこのあと、前原政調会長は「要件を満たさなければ予算計上は認めない」といい
国交大臣は「継続決定」と言っていました。なぜ割れたのか?
二つの前提条件があるのであれば、その前提条件がクリアされて、初めて建設再開という前原氏の行っていることの方が正しいと思います。しかしここにはトラップが仕掛けられていました。
これは八ツ場ダムを精力的に取材しているジャーナリストのまさのあつこさんに聞いた話です。
「実は裁定原案では『二点が策定された後に八ツ場ダム本体工事着工の是非について判断する』となっていました。ところが最終的にはこれが『二点を踏まえ八ツ場ダム本体工事着工の是非について判断する』となっていました。
つまり最終的な『踏まえ』であれば、国会への法案提出の前でも、河川整備計画の策定の前でも、『事業再開』と言えるわけです。私はこういう入れ知恵をしたのは99%官僚だと思います」
八ツ場ダムでも多くの天下り法人が工事を請け負っていることは明らかになっています。天下り先を死守するためには彼らは本当に何でもやります。
競争力を削ぎ、庶民の生活を苦しめているのはいったい誰なんでしょうか。