実録「それでもボクはやってない」…その後の河野さん事件
2007.07.16 Monday
デパートですれ違いざまに女性の体を触ったとして迷惑防止条例違反で逮捕された河野氏さん。一審では執行猶予がついたものの懲役4ヶ月、二審は罰金刑になったものの河野さんの無実であるという主張は一切、認められませんでした。
その『河野さんの冤罪を晴らす会』が主催する「クローズアップ『痴漢冤罪事件』」という集会があったので行ってきました。5月の高裁以来、久しぶりに河野さんにもお会いしました。
あの時はショックで愕然とされていましたが、判決から2ヶ月が経ち、だいぶ落ち着かれたようでした。「辛いけど、元気にやってます」とのことでした。
ちゃんと、ボクの仕事も見てくれていて、『先日、詐欺会社追い詰めてましたね』と言われました。ありがたいことです。
さて集会では河野さんの主任弁護士の岡田尚氏、「犬になれなかった裁判官」の著者で元裁判官、現在弁護士の安倍晴彦氏の講演がありました。

クローズアップ「痴漢えん罪事件」
その模様は神奈川新聞にも掲載されていました。
さて、印象に残った話をいくつか…。
まずは岡田弁護士ですが、前回の判決についてこのように話していました。
「この事件は『やられた』という人が『やられた』といって河野さんが『やってない』と言っている事件で、目撃者がいるわけではない。どちらの話が客観的にみて信憑性があるか、それだけが問われている事件です」
「やられてもない人が『やられた』というわけがないというところからスタートするのは仕方ないが、それをきちんと検証するのが裁判であるはず」なのに裁判ではそれが全くなされていないと言います。
それは被告側が証拠として提出した「現場の混雑状況」も「店員の勤務状況」も採用しない。つまり、これは、「こんなにたくさん人がいるのに、誰も目撃していないっていうのは変でしょ?」という主張や「現場を見てないのだから、見間違いかもしれないでしょう?」という主張は採用しないってことなんですね。
岡田弁護士は無理に理屈を重ねて有罪にもっていったのがミエミエだといっておりました。例えば…
「『右手ですれ違いざまにお尻の左側を触れないでしょう』という主張に対しては、誰もそんなこと言ってないのに、まるで小説家のように想像力を働かせて『後ろに回りこむようにして触ったと推認できる』とそんなことは検察側も主張してないのに、そこまで丁寧に推認する。さらに混雑状況については『普通混んでいるかもしれないが全く人通りが絶えることがないわけではない』と、そりゃそういうこともあるでしょうけど、どっちの方が状況として多くあるかってことでしょう」と呆れておりました。
被害者の供述が変わってきたことについても、汲み取って汲み取って、どうにか合理的であるようにみせかけるために一生懸命になっているという印象でしたが、この印象は次の安倍氏の話で「合点」がいきました。

岡田尚弁護士
その、元裁判官である安倍氏の話は本当に衝撃的でした。
まず今の裁判のおかれている現状について「皆さん『それでもボクはやってない』を観られたかと思いますが、残念ながら日本の刑事裁判はほとんどがあの映画で描かれた悪いほうの裁判の通りです」とのことでした。
『疑わしは被告人の利益に』は完全に無視されているし、司法の『自由・独立の原則』も無縁となっているそうです。
裁判官は普通「有罪に出来るものなら有罪にしよう。理屈さえ立てば有罪にしたほうが自分(裁判官)にとって有利である」と考えているそうです。
「多くは事なかれ主義で逆らわないで検事とも喧嘩しないほうが無難で無難にやっていけば楽な生活ができる。だから口実になる証拠が一つあればどんなに無罪の証拠がたくさんあっても有罪にする。どんなに無罪の証拠が積み重ねられても、たったひとつ『被害者が言っていることは嘘とは思えない』と言ってしまえば、それだけで有罪にできる」と思っているのが大部分の人だといいます。
安倍氏は「裁判官に期待すると言われるけど、こういった状況で裁判官だけが良くなるなんてありえない」と言ってました。
安倍晴彦弁護士
僕らはあまりにも裁判を神聖視し過ぎていたんでしょうねー。
所詮、官僚なので「事なかれ主義」「前例主義」の人たちなんですよ。
時々いい人がいるので期待してしまうけど、マスコミと同じで大多数はダメダメなんだと思います。ごくたまに「真実が明らかになる」こともある程度と認識しておかなければダメですね。
「冤罪を晴らす会」の代表の飯田さんは「これまで裁判所というのは真実を明らかにするところだと思っていたけど、実際はただ量刑を決めるところだった」と言っておりましたが、その通りだと思います。量刑を決める国の機関でしかないのですね。みんなでバカにしておきましょう。その程度のもんです。ありがたがる必要はないです。
河野氏は「最終的に有罪になろうと無罪になろうと一生かけてこの事件の真相を明らかにするのが仕事だと思っています。一生かけて真相を究明したい」と言っていました。もう最高裁で負けることを覚悟しているような発言ですが、この国の裁判に期待できない、と悟ってしまっていることが悲しいです。
もちろんこの事件も被害者の方がいるわけで、一概には言えませんが、どうなんでしょう。
岡田弁護士は「国家権力が一市民を断罪するわけだから『やったんじゃないかな』程度ではダメ。『絶対やった』という確証がない限り有罪にしてはいけない」と言っておりました。
あの「高橋省吾」という裁判官は本当に一点の曇りもなく確信をもって有罪にしたんでしょうね?だとすると僕には全く理解のできない人種です。僕だったら若干の迷いは生じると思いますだよ。
だってすれ違いざまでしょ?性欲満たそうと、触るか?普通?子連れのGパンにダウンジャケットでタスキ掛けにでっかいバックを掛けた女性を?しかも娘のバイト先の目の前で?ぶつかっただけなんじゃないの?
って疑問は生じないってことですもんね。
その『河野さんの冤罪を晴らす会』が主催する「クローズアップ『痴漢冤罪事件』」という集会があったので行ってきました。5月の高裁以来、久しぶりに河野さんにもお会いしました。
あの時はショックで愕然とされていましたが、判決から2ヶ月が経ち、だいぶ落ち着かれたようでした。「辛いけど、元気にやってます」とのことでした。
ちゃんと、ボクの仕事も見てくれていて、『先日、詐欺会社追い詰めてましたね』と言われました。ありがたいことです。
さて集会では河野さんの主任弁護士の岡田尚氏、「犬になれなかった裁判官」の著者で元裁判官、現在弁護士の安倍晴彦氏の講演がありました。

クローズアップ「痴漢えん罪事件」
その模様は神奈川新聞にも掲載されていました。
刑事裁判の現状を考える集会/横浜
社会 2007/07/15 被告が冤罪(えんざい)を主張している痴漢事件を通して、刑事裁判の現状を考える集会が十四日、横浜市西区内で開かれた。昨年一月に同市内のデパート地下の食料品売り場で、すれ違った女性二人の下半身を触ったとして、県迷惑防止条例違反(痴漢行為)の罪に問われ、上告中の同市立高校教諭河野優司氏(54)を支援する会の主催。
講師として招かれた元裁判官の安倍晴彦弁護士は「『疑わしきは被告の利益に』という原則が無視され、ほとんどが有罪判決になっている」と現状を批判。自戒も込めて「多くの裁判官は事なかれ主義で官僚化している。裁判官だけに期待せず、傍聴に駆け付けるなど、市民が司法に関心を持つことが必要」と訴えた。
一審では執行猶予付きの懲役刑、二審でも罰金刑の判決を受けた河野氏も出席。「裁判所は真相を見極めるのでなく、刑罰を決める所になっている」と疑問を投げ掛け、「最高裁でどんな判決が下されるか分からないが、一生をかけて(事件の)真相を究明する」と語った。
これまで犯行現場の混雑状況を再現する映像を撮影したり、署名活動を展開したりしてきた支援の会は、最高裁にも署名を提出する方針。飯田洋代表は「できる限りの努力をして無罪を勝ち取りたい」と話した。
さて、印象に残った話をいくつか…。
まずは岡田弁護士ですが、前回の判決についてこのように話していました。
「この事件は『やられた』という人が『やられた』といって河野さんが『やってない』と言っている事件で、目撃者がいるわけではない。どちらの話が客観的にみて信憑性があるか、それだけが問われている事件です」
「やられてもない人が『やられた』というわけがないというところからスタートするのは仕方ないが、それをきちんと検証するのが裁判であるはず」なのに裁判ではそれが全くなされていないと言います。
それは被告側が証拠として提出した「現場の混雑状況」も「店員の勤務状況」も採用しない。つまり、これは、「こんなにたくさん人がいるのに、誰も目撃していないっていうのは変でしょ?」という主張や「現場を見てないのだから、見間違いかもしれないでしょう?」という主張は採用しないってことなんですね。
岡田弁護士は無理に理屈を重ねて有罪にもっていったのがミエミエだといっておりました。例えば…
「『右手ですれ違いざまにお尻の左側を触れないでしょう』という主張に対しては、誰もそんなこと言ってないのに、まるで小説家のように想像力を働かせて『後ろに回りこむようにして触ったと推認できる』とそんなことは検察側も主張してないのに、そこまで丁寧に推認する。さらに混雑状況については『普通混んでいるかもしれないが全く人通りが絶えることがないわけではない』と、そりゃそういうこともあるでしょうけど、どっちの方が状況として多くあるかってことでしょう」と呆れておりました。
被害者の供述が変わってきたことについても、汲み取って汲み取って、どうにか合理的であるようにみせかけるために一生懸命になっているという印象でしたが、この印象は次の安倍氏の話で「合点」がいきました。

岡田尚弁護士
その、元裁判官である安倍氏の話は本当に衝撃的でした。
まず今の裁判のおかれている現状について「皆さん『それでもボクはやってない』を観られたかと思いますが、残念ながら日本の刑事裁判はほとんどがあの映画で描かれた悪いほうの裁判の通りです」とのことでした。
『疑わしは被告人の利益に』は完全に無視されているし、司法の『自由・独立の原則』も無縁となっているそうです。
裁判官は普通「有罪に出来るものなら有罪にしよう。理屈さえ立てば有罪にしたほうが自分(裁判官)にとって有利である」と考えているそうです。
「多くは事なかれ主義で逆らわないで検事とも喧嘩しないほうが無難で無難にやっていけば楽な生活ができる。だから口実になる証拠が一つあればどんなに無罪の証拠がたくさんあっても有罪にする。どんなに無罪の証拠が積み重ねられても、たったひとつ『被害者が言っていることは嘘とは思えない』と言ってしまえば、それだけで有罪にできる」と思っているのが大部分の人だといいます。
安倍氏は「裁判官に期待すると言われるけど、こういった状況で裁判官だけが良くなるなんてありえない」と言ってました。
安倍晴彦弁護士僕らはあまりにも裁判を神聖視し過ぎていたんでしょうねー。
所詮、官僚なので「事なかれ主義」「前例主義」の人たちなんですよ。
時々いい人がいるので期待してしまうけど、マスコミと同じで大多数はダメダメなんだと思います。ごくたまに「真実が明らかになる」こともある程度と認識しておかなければダメですね。
「冤罪を晴らす会」の代表の飯田さんは「これまで裁判所というのは真実を明らかにするところだと思っていたけど、実際はただ量刑を決めるところだった」と言っておりましたが、その通りだと思います。量刑を決める国の機関でしかないのですね。みんなでバカにしておきましょう。その程度のもんです。ありがたがる必要はないです。
河野氏は「最終的に有罪になろうと無罪になろうと一生かけてこの事件の真相を明らかにするのが仕事だと思っています。一生かけて真相を究明したい」と言っていました。もう最高裁で負けることを覚悟しているような発言ですが、この国の裁判に期待できない、と悟ってしまっていることが悲しいです。
もちろんこの事件も被害者の方がいるわけで、一概には言えませんが、どうなんでしょう。
岡田弁護士は「国家権力が一市民を断罪するわけだから『やったんじゃないかな』程度ではダメ。『絶対やった』という確証がない限り有罪にしてはいけない」と言っておりました。
あの「高橋省吾」という裁判官は本当に一点の曇りもなく確信をもって有罪にしたんでしょうね?だとすると僕には全く理解のできない人種です。僕だったら若干の迷いは生じると思いますだよ。
だってすれ違いざまでしょ?性欲満たそうと、触るか?普通?子連れのGパンにダウンジャケットでタスキ掛けにでっかいバックを掛けた女性を?しかも娘のバイト先の目の前で?ぶつかっただけなんじゃないの?
って疑問は生じないってことですもんね。