「日本は侵略国家ではありません」…田母神俊雄氏の講話
「日本は侵略国家ではなかった。いい国だったと言ったら、『いい国とは何ということか』とクビになりました」
昨日(26日)衆議院議員の西村眞悟氏の西村塾の主催で田母神前航空幕僚長の講演会(会の中では講話と表現されていました)が行われました。
会場は超満員でした。

憲政記念館
正直、共感できるところがないこともなかったのですが、かなり違和感を感じました。その違和感を感じた所も含めて要旨をピックアップしてみます。
で、僕は護憲派なので、そうでない方は不愉快な思いをされるかもしれませんので、ここから先は読まないよう、お願いします。
まずは君が代斉唱が行われ、その後、西村眞悟氏の挨拶などがあり、田母神前航空幕僚長の講和が始まりました。みなさんは田母神閣下と呼ばれておりました。

国歌斉唱する西村眞悟氏(左)と田母神俊雄氏(右)
「ただいまご紹介にあずかりました危険人物の田母神です。当初はやや腹も立っていたのですけれどもね、国民世論がこれだけ盛り上がってきて、よし頑張ろうという気になってきまして、麻生総理とか浜田大臣もここまで読んでいたのかと、感謝状出そうかなと思っています。
今回私は論文でですね、『日本は侵略国家なんかではなかったんだといい国だ』と言ったんですね。そしたら『いい国だったとは何事だと、日本は政府見解ではロクな国ではないということになっているんだと、おまえはクビだ』と、言うからこれは本当におかしいですね。
そしたら小沢代表、鳩山幹事長がクビにしただけではダメだと、任命責任を問うというわけです。これは日本語に訳すとですね『何で航空幕僚長に日本の国はいい国だったというようなやつをつけたんだと、航空幕僚長につけるやつは日本の国はロクな国じゃなかったと言っているやつをつけなさい』と言っているわけですから、これは輪をかけておかしいと思うんですよね。
今まで防衛省では50年あってですね、夜中にクビになった人いないですよ。殺人事件犯して懲戒免職になっても夜中にクビにならないですね。私が史上初めて夜中にクビになりました(笑)。防衛省もすごい実力があるなと今回思ったんですけどもね、通常物事一つ決めるのに3カ月や半年は普通かかるんですね。私をクビにするのにたった2時間(笑)。やればできるじゃないか(笑)。
10月31日に私は記者会の方から知らされたんですね、最優秀賞ですと。午後1時半でした。3時から航空幕僚長は毎週定例の記者会見があるんですね。その中で質問が出るかなと思ったら全く出なかったんですね。そのまま次官とかに報告してもらったんですね。松田次官が『届け出だしましたか』というから『これは自衛官である私でなくても誰でも書けると、だから届け出はしていない』と届け出たらたぶんダメだと言ったでしょうから。
それで『そうはいかないかもしれません』と彼が言っていたから、そのうち騒ぐかもしれないなと、その時点でわかったんですけれども、その日の夜仕切りに辞表を書いてくれという要求があったんです。けれども『私は国家に対して悪事を働いたと思ってない。だから書かない。クビにしてくれ』と、言っていたら本当にクビになっちゃいました(笑)。
本当にびっくりしましたね。ここまで私の名誉を奪わなくてもいいんじゃないかと思ったのはですね、11月4日に定年退職になると最初言ってたんですね。だから11月2日、3日は連休ですから4日の朝、防衛省に行って辞令を受け取って、離任式をやって辞任の辞を述べて見送られて家に帰るのかなと予測していました。そしたら11月3日の夕方17時過ぎになりまして『本日付で定年退官になりました』ということなんですね。
私は一瞬でわかったのですが、見送りとか離任式をさせないためだと。私は実はホテルで、これが最後の言葉になると一生懸命、心をこめて離任の辞を準備していたんですけれども、させてもらえなかったんですね。
その時本当に思いましたね、ここまで私の名誉を奪わなくてもいいんではないかと。しかし私の名誉だけではなくてですね、空軍のトップをこういう扱いをするということがどういうことなのかと、隊に対する影響とかそういったことに全く思いがいかないのかということを思いまして、ちょっと腹立たしい思いをしました。今はすっかり落ち着いてますけども、ここまで見越して浜田大臣もやったのかなと思っているんですね。
浜田大臣というのはしばしば私たちに対しては『自衛隊の心情がよくわかる』という話をしていましたので、私は浜田大臣まで『辞表を書け』と言うとは思わなかったんですね。『まぁいいんなじゃない、それくらいは』というんじゃないかと思ってたんですが、あの方も『辞表を書け』と言っているということでちょっと人を見誤っていたなという気がしています。私は結構人を見る目は的確だと言われるんです。あとは自分を見る目だけだと言われています(笑)。
私が歴史問題に興味を持つようになったのは、自衛隊で集団的自衛権がだめだとか専守防衛で攻撃的兵器は持てないとか、武器の使用は正当防衛と緊急避難だけとか、このいわゆる軍のスタンダードに全然日本が近付かないんですね。なぜだろうと、諸外国では軍人というのは国家の集団の中で最もモラルの高い人たちの集団であると認識されて敬意を払われているんです。見張っておく必要はないと思われているんですね。
しかし、日本は戦後の東京裁判にはじまる日本悪玉史観の影響で軍人は暴走する、放っておくと何するかわからない、だから見張っておけという悪玉史観がある限り私は自衛隊は動ける体制にならない。自分の国を自分で守ろうという体制に全く近づこうとしないということではないかと。そのために戦後の歴史観を克服する必要があるんじゃないかと思いだして40歳を過ぎたころから十数年にわたって歴史の問題に取り組んできたんですね。
戦争に負けると敗戦国は戦勝国の歴史を強制されるんです。その状態から負けた国ははやく抜け出して自分の国の歴史を取り戻さないと国家はどんどん衰退するんです。日本も戦争に負けてアメリカから見た、アメリカは正義の国である、日本は極悪非道の国であるというこの一方的な歴史観をずっと強制されてきたと思う。
敗戦国(戦勝国?)にとって都合の悪い資料はみんな隠されるんです。それが時間が経って徐々に敗戦国にとって都合の悪い資料が出てくるわけです。ようやく日本もいろいろな資料を持って歴史の見直しをしようという時に、この東京裁判史観で生きてきた学者とか評論家が頑強に抵抗するんです。
それでは商売上がったりになるではないかということですね。自分の商売のために国を売ることだけはやめてもらいたいと思いますね(拍手)。
文民統制違反だということもずいぶん言われましたけど、『文民統制』という言葉もわれわれがアメリカやイギリスやドイツやフランスに行ってもほとんど聞くことがありません。学問上の用語としてあるだけです。『文民統制』とは一体何かというも日本では制服を着た自衛官は政治家とか文官の言うことを何でも無批判に受け入れていけばいいんだという意味で使われているわけです。
私が国会に参考人として呼ばれた時もそういう感じで各先生方がおしゃっているんですね。しかし、文民統制自体がほとんどよその国では話題になることはありませんが、実際はどうなっているかというと、外交問題が生じたときに軍を使って問題を解決するか、軍を使わないで解決をするか、その決定権は政治にあるということなんです。
戦争を始める、あるいは戦争をやめる、それを決めるのは軍ではなくてその国の政治ということです。さらに国には予算がありますから、どれだけの軍備を準備するか、ということを政治が決めるわけです。これで最強の軍を作れということはミリタリーに任されている。
私も自衛隊に40年いましたから、もう直感的にわかりますけど護衛艦とか戦闘機とか戦車とか、もらっても全くの素人の政治家の先生とか文官がはい最強の軍を作ってくださいと言われてもできませんよね。
これはミリタリーに任されてノウハウを持って経験を積んだ人がやらないとできません。だから世界中、軍人という職業を認めているわけです。日本の場合は自衛隊は見張っておかなければならないという内部部局という文官の組織があって、自衛隊の一挙手一投足まで監視するんです。
訓練のやり方とかオペレーションのやり方とかそういうところまで介入してくるんです。これはサッカーのチームにバトミントンしかやったことしかない人が来て、『練習はこうやれ、パスはこうやれ』というのと一緒ですから軍はどんどん弱体化します。
今、日本は文民統制という意味では先進国、アメリカとかイギリスとかドイツとかフランスよりも北朝鮮とか中国に近いんです。にもかかわらず今回の防衛省改革で五百旗頭防衛大学校長が『文民統制の徹底が三本柱の一つだ』と、これ以上徹底したら自衛隊はどんどん弱体化するし、国家にとっての損失です。
実態が本当にわかったるのかなと思う。松田事務次官が『文民統制が徹底されるという方向で防衛省改革が行われないと国民に説明できない』としきりにいうんだけど、『これ以上徹底したら自衛隊は弱体化する。それを言うんだったら次官が悪いことをして次官の地位と権限が変わらないことの方がよっぽどおかしい』と言っていたから私は恨まれていたんですね(笑)。
そういうことが私の解任の背景にはあると思うんですけどね。
今回私は歴史の問題に意見を述べたということで解任されたんですけれども、『この国はいい国だ』といって解任されるというのは本当に珍しいと思う。
軍人は政治的発言をしてはいけないと日本ではよく言われる。自衛官がしゃべるとロクなことにならない。戦争になる、国を誤るということなんですけども、諸外国では軍人はみんな政治的発言をしています。
長官は特に政治的発言をしている。私が解任されたあと11月5日アメリカの太平洋司令官が『日本政府との約束で日本政府から一兆円の支援を受けて2014年までに沖縄の海兵隊はグアムに移転することになっている。しかし2014年までに移転するのは無理だ、金も一兆円ではとても収まらない』ということをニューヨークの記者会見で言ったんですね。
これに対してその3日後に国防次官補が『太平洋軍司令官はそういったが我々は日本政府との約束通り2014年までにできるんだ」とこれを否定しました。
太平洋軍司令官は解任されたかと、まだいますよ(笑)。
11月17日、アメリカの参謀本部長『オバマ新大統領が16カ月以内にイラクから撤兵を完了させると言っているけどこれは相当難しい』と言いました。
解任なんかされません。政府の政策に対して意見を言っても解任されることはありません。このくらいのことは世界の将軍はみんな言ってます。
私は歴史認識を言っただけで解任ですから、日本という国はやっぱりおかしいですね。
五百旗頭防衛大学校長は防衛大学校長になってから小泉内閣のメールマガジンで自衛隊のイラク派遣に反対しました。さらに小泉総理の靖国参拝も『日中関係、日韓関係を悪くしただけで全く利益がない」と言いました。しかし彼に対しては何事も起きていません。
防衛大学校長も航空幕僚長も自衛隊法上の身分は自衛隊員ということで同じなんです。だけどなぜか制服だけが怖いというか、攻撃される。
自由民主党というのは日本の保守政治を実現するための政党ということできたわけですけれども、何か問題が起こるたびに少し左による。野党に妥協して少し左による。旧社会党です。左によると次の基準はその左に寄った所になる。問題が起きるたびに左による。こういうスタイルで来た。
我々自衛隊にもできるだけしゃべるなと内部部局が言う、大事な時期だからと。航空幕僚長が『慎重に』というとみんな一歩下がります。一歩下がったところで固定されます。また大事な時期だと、また一歩下がる。慎重に。また一歩下がる。だんだんしゃべれなくなるんですね。
私は貝になりました、本当に。
これでは民主国家じゃないんじゃないかと、いわゆる反日的な言論の自由というのは日本は無限にあるんですね。しかし親日的な言論の自由というのは極めて制約されているんですね。これは私はおかしいと思う。
日本は戦争に負けても昭和50年くらいまで、約30年くらいは日本がなめられるという事象は生じなかったと思うんですね。
ところが昭和52年9月28日ダッカハイジャック事件があった。(日本航空機がハイジャックされバングラディシュのダッカに強制着陸する)日本赤軍の要求が監獄にぶち込まれている6人を解放しろと、金をつけろということで、当時の福田赳夫内閣が16億円の金をつけて、この6人を超法規的行動ということで解放しました。
その1ヵ月半後に拉致されたのが横田めぐみさんですね。11月15日。今帰ってきている曽我さん、蓮池さん、地村さんが拉致されたのは翌年昭和53年ですね。
因果関係が証明できるかどうかはわかりませんが、この辺から拉致が増えたのは事実ですね。
そのあと、教科書の侵略・進出事件というのがありました。昭和60年に中曽根内閣ができて中曽根さんは昭和60年には8回靖国神社に参拝しました。翌61年になって中国からの圧力で靖国参拝をやめた。
それから小泉総理が靖国参拝するまで総理の靖国参拝はできなかったという状況です。
いったん妥協すると必ずそういうことになるんです。
私は群馬県の…、ここに群馬県の方いますかね?総理大臣には特に文句があるんですけど(笑)。
まずダッカのハイジャック事件で拉致のきっかけを作ったんじゃないかと、予想される福田赳夫さん。靖国参拝やめた中曽根さん。中曽根さんはその前に藤尾文部大臣が『日本は韓国に対していいこともした』と言った時にこの人をクビにしたんですね。これが発言をして大臣がクビになるスタートですからね。
小渕恵三さん、我々の持っている対人地雷を廃止しろと言った人ですね。廃止されちゃいました。福田康夫さん、今度はクラスター爆弾やめろと言われちゃいましたね。
本当、この4人に恨みがありますよ、私は(拍手)。
本当に国のこと考えているのかなと思いますよ。クラスター爆弾なんか私現場にいましたからね。私(廃止に)反対していたんですね。抑止力として持っておくべきだと。使うことなんかないんですから、どうせですね。
ないのに、抑止力として持っておくべきだと言っていたら総理の決断が下りたんですね。どういう経緯で下りたんだか私は知りませんけどね、本当に我々の意見は全く無視された。
自衛隊が戦える体制をとらない方が戦争にならないということなんですけども、自衛隊が戦える体制をとることが戦争を抑止するんですね(拍手)。
北朝鮮の工作船を沈めればあれは来ないですよ(拍手)。
中国の艦船が去年は9時間半にわたって尖閣諸島を領海侵犯しました。海上自衛隊が出てけと言っても出てかないです。絶対に海上自衛隊が攻撃しないということわかっているからやるんですね。
9時間半やっても大丈夫だから次は3日くらいやってみるかと思いますね、僕は。3日やって大丈夫なら1週間やります。1週間やって大丈夫ならずっとやっておけということになります。
そしたら中国に取られちゃうんです。ですから戦える体制を取って、行動できることが国を守ることだし国益を守ることなんです。自衛隊が攻撃したら直ちに戦争になるかってなりませんよ、そんなの。
中央政府が戦争することを決定しなければ戦争にならないんです。戦後の日本はちょっとでもいざこざが起きるとそれに引きずられて戦争になるという刷り込みがあるんです。
通常、日本以外の政治家は軍事力が強ければ自分の国を守るために安全だと考えますね。しかし日本の政治家の中に日本の軍事力が強くなりすぎたら危ないと考える人いますね。特に核武装なんかそうです。
核武装なんか言うとみんな怖いと思われるわけです。でも核兵器を持っている国が核兵器を持っていない国に持たせたくない。だから核クラブを作るわけです。持ってない国に持たせない。核兵器を持っている国と持っていない国では外交交渉力に天と地ほどの差があるんです。
最終的に核兵器を持っていない国は持っている国の意思に従属させられるわけです。核兵器は絶対使われることのない兵器です。しかし持っていることが相手の軍事行動を抑止するんです。外交交渉を対等なものにするんです。だから北朝鮮は絶対あきらめないです。
核兵器は通常兵器と違って戦力の均衡を必要としないんです。通常戦力であれば10対1の戦力比であれば10の方が必ず勝つんです。でも核兵器は10対1でも勝者はないんです。両方負けるんです。一発でも核兵器が未注すればそれに耐えることはできないです。たとえアメリカでも。
アメリカやロシアや中国が核兵器いっぱい持っている中で北朝鮮が1発や2発持ってどうするんだ。それで立派に抑止が成り立つんです。核兵器持った国を軍事攻撃でつぶすことはできないんですね。その辺を北朝鮮は十分わかっているから持とうとするんですね。
だから日本も今後の安全保障計画を考えるときに北朝鮮が核武装したという前提で考えておかないと間違えますね。
核武装するのは危ない。だからきちんと議論すれば核兵器を持たない方がいいとわかると石破(元)防衛大臣が言うわけですね。リベラル左派と言われる人たちの票を貰いたいと思うわけですね。左ウィングを伸ばしすぎると右のウィングが縮まっていきます。保守派の票が離れていきますよ。
世界の政治家の中で核兵器を持たない方が核兵器を持つよりもより国の安全を保障できると言っている政治家は日本の政治家以外いないですよ(拍手)。
覚えておいてほしいんですけど、核武装しない方がいいと言っている政治家は何か狙いがあるわけです。
アメリカとドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコ、の5カ国と条約を結んでいるんです。これはニュークリアシェアリングシステムと呼ばれてこの5カ国はアメリカの核兵器を使って日常的に訓練をして、これらの国が核の恫喝を受けた場合は条約に基づいてアメリカの核兵器がこれらの国に渡されることになっている。
だからドイツもイタリアも核武装してないではないかと言いますが、日本とは状況が違う。
日本も核の持ち込み、こういったことは認めて、たとえばアメリカの原子力潜水艦に海上自衛官を乗せてくれと、そして訓練をさせてくれと、そしていざとなったら渡してくれという交渉はできると思うんですよね。
しかし初めから無理だと考えているとそういうこともできないですよね。そういうことも要求できないと、そこには誤った歴史観があると思うんですよね。
私はよその国との比較で日本の国が悪いことを絶対していないと思うのは、15世紀以降白人国家が有色人種の国家を侵略してまわったわけですね。日本は侵略される側にいて最後まで侵略されずに残った国だった。
この白人国家がやった悪行の数々の本が戦前の日本にはいっぱいあった。この本は戦後GHQによって回収されてみんな焼かれてしまった。朝鮮半島でも万州でもあるいは東南アジアでも日本がどんなことをやっていたか、どんな生活をしていたか、あるいは現地の人がどんな状態だったかという本もいっぱいあったんですけどそれも焼かれてしまった。
日本は戦後歴史の教育は向こうの教育を強制されましたけど、地理の教育も強制されました。それはなぜかというと、18世紀の世界地図と20世紀の世界地図と比べると明らかに白人国家が有色人種の国家を侵略しているというのがわかるからです。
日本は占領されて東京裁判をやられますが、これは日本人に罪を押しつける儀式だった。国際法に基づいた裁判でなくマッカーサー法という事後法で裁かれた裁判です。
A級戦犯は昭和21年4月29日、昭和天皇の誕生日に起訴され、7人の方が死刑になった。死刑の執行日は昭和23年12月23日、当時皇太子殿下の誕生日。これは決して歴史の偶然ではない。
戦後、検閲が徹底的に行われました。新聞も日本を褒めることはダメ、アメリカの悪口はダメと、プレスコードというガイドラインに沿って全部直される。OKが出て新聞も雑誌もラジオの放送もなされていた。
公職追放というのがあって、いろいろな人が追放された。その中で影響が大きかったのが帝国大学の総長に戦前追放されていた左翼の人たちが戻ったということだと思いますね。東大総長は南原繁さんです。この方はコミンテルンのスパイだったという噂のあった人ですね。サンフランシスコ講和条約のときもソ連を含めた全面講和じゃないとだめだと唱えた人ですね。
その次は矢内原忠雄さん天皇制反対論者です。
京都大学に行くと滝川幸辰さんという方がつきました。この型は無政府主義者ということだったようです。
東大とか京大とか日本のリーダーを作るとことで作った学校が左翼の先生の占拠された状態になったわけです。
当時学校行くほど、勉強すればするほど悪い子になったんです(笑)。
アメリカというのも戦前のアメリカというのはロクな国じゃなかったですね。今はそこそこいい国なりましたけど、それでも相当腹黒いです。
A級戦犯が祭られているから靖国参拝しちゃいけないなんて言うのも、歴史的経緯を全く無視しているんですね。
昭和28年に日本は恩給法と戦傷戦没者遺族等援護法という法律を変えました。戦犯と言われる人にも恩給が出るようにしたんです。すでに命が亡くなっている人にも弔慰金が出るようにしたんです。そのときの法務大臣が国会で戦犯と言われる方々は国内法上は犯罪人ではないんですと明確に言っている。
戦犯と言われる人たちの当時の国民感情はどうだったかというと、巣鴨の刑務所に当時芸能界の超一流と言われる人たちが毎日毎日慰問に行ったんですね。長谷川一夫、淡谷のり子、藤山一郎、そういった人ったちが戦犯と言われる人たちが気の毒だと毎日慰問に行ったんです。
戦犯がけしからんと思っていた日本人はほんのへそが左に曲がった人たちだけなんです。私も最近左翼的な考え方持っている人、見ただけでわかるようになりました(笑)。体がちょっと左に曲がっている。
本当に日本は戦後教育で悪くされてしまったんですね。決して悪くないですね。
日本は明治維新以降9つの帝国大学を作ったんですね。その中で東京大学、虚と大学から始まって、6番目に作られたのが1924年、朝鮮半島に京城帝国大学ですね。1928年台湾に台北帝国大学を作りました。それから3年遅れて1931年が大阪帝国大学です。さらに8年遅れて1932年に名古屋帝国大学です。大阪や名古屋に帝国大学作るよりも朝鮮半島や台湾に先に帝国大学を作っているということは記憶されていていいべきことではないかと思います。
日本は陸軍士官学校に朝鮮人も中国人も入れました。
朝鮮人にも天皇陛下がちゃんと金殊勲賞だしている。
朝鮮の李王朝の最後の皇太子殿下は陸軍中将でしたがこの方と結婚されたのは梨本宮方子妃殿下ですね。ラストエンペラー溥儀殿下の弟の中国人と結婚したのは嵯峨浩妃殿下です。
このように日本は帝国大学を作った、士官学校にも入れた、嫁にもやった。
イギリスがインドを占領してインド人をイギリスの士官学校に入れませんね。イギリスの王朝からインドの王朝に嫁にやりませんね。オランダの王朝からインドネシアの王朝に嫁にやりませんね。日本はみんなやったんです。その日本が一番悪いと言われている。
調べれば調べるほど違うんです。
公平に日本が侵略国家ということでなく判断しなければいけないと思います。
日本は本当に素晴らしい国だと思います」
自衛隊の問題を追及しているジャーナリストの方も来ていました。
「戦前のあの時代が本当にいい時代と思っているのか、戦前の言論統制のひどかったときを本当にいい時代と思っているのか、国民を抑圧していたあの軍隊を本当にいい軍隊だと思っているのか、本人に確かめたい」と言ってました。
で、少しですが僕の気がついたことです。
田母神氏はダッカ事件がきっかけで拉致事件が始まったと認識されているようですが、久米裕さんが拉致されたのは昭和52年9月19日でダッカ事件よりも前です。
また帝国大学を朝鮮半島や台湾に早く作ったと言っていますが、こういう考え方もあります。
同じ敗戦国のドイツのことが出てきましたが、ドイツはナチスとはきちんと訣別していて、あのナチスの時代は素晴らしかったとはあんまり閣僚は言わないような気がしています。

田母神俊雄氏
田母神氏の考えかについてはいろいろな意見があるかと思います。念のためお断りしておきますが、僕はネットウヨと呼ばれるような方々との不毛な議論は望んでおりませんので、そういう方の書き込みはとっとと削除させていただきます。どうぞよろしくお願いします。
昨日(26日)衆議院議員の西村眞悟氏の西村塾の主催で田母神前航空幕僚長の講演会(会の中では講話と表現されていました)が行われました。
田母神俊雄氏…
去年4月、自衛隊のイラクでの活動に対する違憲の確認と派遣の差し止め訴訟で、及名古屋高等裁判所が傍論として航空自衛隊の一部の活動を違憲とする見解を示した。これについて「はそんなの関係ねえという状況だ」と発言。
同じ4月には北海道視察で、大型ヘリとジェット機を独占的に使った出張をしていたことがわかる。
アパグループの懸賞論文では「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」「張作霖列車爆破事件も(中略)少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった」などと書いた「日本は侵略国家であったのか」が日本の過去の侵略行為を正当化する内容で、政府見解と対立するものであったことが問題視され10月31日幕僚長を更迭、11月3日定年退職。
退職金6100万円の返納は拒否。
会場は超満員でした。
憲政記念館
正直、共感できるところがないこともなかったのですが、かなり違和感を感じました。その違和感を感じた所も含めて要旨をピックアップしてみます。
で、僕は護憲派なので、そうでない方は不愉快な思いをされるかもしれませんので、ここから先は読まないよう、お願いします。
まずは君が代斉唱が行われ、その後、西村眞悟氏の挨拶などがあり、田母神前航空幕僚長の講和が始まりました。みなさんは田母神閣下と呼ばれておりました。
国歌斉唱する西村眞悟氏(左)と田母神俊雄氏(右)
「ただいまご紹介にあずかりました危険人物の田母神です。当初はやや腹も立っていたのですけれどもね、国民世論がこれだけ盛り上がってきて、よし頑張ろうという気になってきまして、麻生総理とか浜田大臣もここまで読んでいたのかと、感謝状出そうかなと思っています。
今回私は論文でですね、『日本は侵略国家なんかではなかったんだといい国だ』と言ったんですね。そしたら『いい国だったとは何事だと、日本は政府見解ではロクな国ではないということになっているんだと、おまえはクビだ』と、言うからこれは本当におかしいですね。
そしたら小沢代表、鳩山幹事長がクビにしただけではダメだと、任命責任を問うというわけです。これは日本語に訳すとですね『何で航空幕僚長に日本の国はいい国だったというようなやつをつけたんだと、航空幕僚長につけるやつは日本の国はロクな国じゃなかったと言っているやつをつけなさい』と言っているわけですから、これは輪をかけておかしいと思うんですよね。
今まで防衛省では50年あってですね、夜中にクビになった人いないですよ。殺人事件犯して懲戒免職になっても夜中にクビにならないですね。私が史上初めて夜中にクビになりました(笑)。防衛省もすごい実力があるなと今回思ったんですけどもね、通常物事一つ決めるのに3カ月や半年は普通かかるんですね。私をクビにするのにたった2時間(笑)。やればできるじゃないか(笑)。
10月31日に私は記者会の方から知らされたんですね、最優秀賞ですと。午後1時半でした。3時から航空幕僚長は毎週定例の記者会見があるんですね。その中で質問が出るかなと思ったら全く出なかったんですね。そのまま次官とかに報告してもらったんですね。松田次官が『届け出だしましたか』というから『これは自衛官である私でなくても誰でも書けると、だから届け出はしていない』と届け出たらたぶんダメだと言ったでしょうから。
それで『そうはいかないかもしれません』と彼が言っていたから、そのうち騒ぐかもしれないなと、その時点でわかったんですけれども、その日の夜仕切りに辞表を書いてくれという要求があったんです。けれども『私は国家に対して悪事を働いたと思ってない。だから書かない。クビにしてくれ』と、言っていたら本当にクビになっちゃいました(笑)。
本当にびっくりしましたね。ここまで私の名誉を奪わなくてもいいんじゃないかと思ったのはですね、11月4日に定年退職になると最初言ってたんですね。だから11月2日、3日は連休ですから4日の朝、防衛省に行って辞令を受け取って、離任式をやって辞任の辞を述べて見送られて家に帰るのかなと予測していました。そしたら11月3日の夕方17時過ぎになりまして『本日付で定年退官になりました』ということなんですね。
私は一瞬でわかったのですが、見送りとか離任式をさせないためだと。私は実はホテルで、これが最後の言葉になると一生懸命、心をこめて離任の辞を準備していたんですけれども、させてもらえなかったんですね。
その時本当に思いましたね、ここまで私の名誉を奪わなくてもいいんではないかと。しかし私の名誉だけではなくてですね、空軍のトップをこういう扱いをするということがどういうことなのかと、隊に対する影響とかそういったことに全く思いがいかないのかということを思いまして、ちょっと腹立たしい思いをしました。今はすっかり落ち着いてますけども、ここまで見越して浜田大臣もやったのかなと思っているんですね。
浜田大臣というのはしばしば私たちに対しては『自衛隊の心情がよくわかる』という話をしていましたので、私は浜田大臣まで『辞表を書け』と言うとは思わなかったんですね。『まぁいいんなじゃない、それくらいは』というんじゃないかと思ってたんですが、あの方も『辞表を書け』と言っているということでちょっと人を見誤っていたなという気がしています。私は結構人を見る目は的確だと言われるんです。あとは自分を見る目だけだと言われています(笑)。
私が歴史問題に興味を持つようになったのは、自衛隊で集団的自衛権がだめだとか専守防衛で攻撃的兵器は持てないとか、武器の使用は正当防衛と緊急避難だけとか、このいわゆる軍のスタンダードに全然日本が近付かないんですね。なぜだろうと、諸外国では軍人というのは国家の集団の中で最もモラルの高い人たちの集団であると認識されて敬意を払われているんです。見張っておく必要はないと思われているんですね。
しかし、日本は戦後の東京裁判にはじまる日本悪玉史観の影響で軍人は暴走する、放っておくと何するかわからない、だから見張っておけという悪玉史観がある限り私は自衛隊は動ける体制にならない。自分の国を自分で守ろうという体制に全く近づこうとしないということではないかと。そのために戦後の歴史観を克服する必要があるんじゃないかと思いだして40歳を過ぎたころから十数年にわたって歴史の問題に取り組んできたんですね。
戦争に負けると敗戦国は戦勝国の歴史を強制されるんです。その状態から負けた国ははやく抜け出して自分の国の歴史を取り戻さないと国家はどんどん衰退するんです。日本も戦争に負けてアメリカから見た、アメリカは正義の国である、日本は極悪非道の国であるというこの一方的な歴史観をずっと強制されてきたと思う。
敗戦国(戦勝国?)にとって都合の悪い資料はみんな隠されるんです。それが時間が経って徐々に敗戦国にとって都合の悪い資料が出てくるわけです。ようやく日本もいろいろな資料を持って歴史の見直しをしようという時に、この東京裁判史観で生きてきた学者とか評論家が頑強に抵抗するんです。
それでは商売上がったりになるではないかということですね。自分の商売のために国を売ることだけはやめてもらいたいと思いますね(拍手)。
文民統制違反だということもずいぶん言われましたけど、『文民統制』という言葉もわれわれがアメリカやイギリスやドイツやフランスに行ってもほとんど聞くことがありません。学問上の用語としてあるだけです。『文民統制』とは一体何かというも日本では制服を着た自衛官は政治家とか文官の言うことを何でも無批判に受け入れていけばいいんだという意味で使われているわけです。
私が国会に参考人として呼ばれた時もそういう感じで各先生方がおしゃっているんですね。しかし、文民統制自体がほとんどよその国では話題になることはありませんが、実際はどうなっているかというと、外交問題が生じたときに軍を使って問題を解決するか、軍を使わないで解決をするか、その決定権は政治にあるということなんです。
戦争を始める、あるいは戦争をやめる、それを決めるのは軍ではなくてその国の政治ということです。さらに国には予算がありますから、どれだけの軍備を準備するか、ということを政治が決めるわけです。これで最強の軍を作れということはミリタリーに任されている。
私も自衛隊に40年いましたから、もう直感的にわかりますけど護衛艦とか戦闘機とか戦車とか、もらっても全くの素人の政治家の先生とか文官がはい最強の軍を作ってくださいと言われてもできませんよね。
これはミリタリーに任されてノウハウを持って経験を積んだ人がやらないとできません。だから世界中、軍人という職業を認めているわけです。日本の場合は自衛隊は見張っておかなければならないという内部部局という文官の組織があって、自衛隊の一挙手一投足まで監視するんです。
訓練のやり方とかオペレーションのやり方とかそういうところまで介入してくるんです。これはサッカーのチームにバトミントンしかやったことしかない人が来て、『練習はこうやれ、パスはこうやれ』というのと一緒ですから軍はどんどん弱体化します。
今、日本は文民統制という意味では先進国、アメリカとかイギリスとかドイツとかフランスよりも北朝鮮とか中国に近いんです。にもかかわらず今回の防衛省改革で五百旗頭防衛大学校長が『文民統制の徹底が三本柱の一つだ』と、これ以上徹底したら自衛隊はどんどん弱体化するし、国家にとっての損失です。
実態が本当にわかったるのかなと思う。松田事務次官が『文民統制が徹底されるという方向で防衛省改革が行われないと国民に説明できない』としきりにいうんだけど、『これ以上徹底したら自衛隊は弱体化する。それを言うんだったら次官が悪いことをして次官の地位と権限が変わらないことの方がよっぽどおかしい』と言っていたから私は恨まれていたんですね(笑)。
そういうことが私の解任の背景にはあると思うんですけどね。
今回私は歴史の問題に意見を述べたということで解任されたんですけれども、『この国はいい国だ』といって解任されるというのは本当に珍しいと思う。
軍人は政治的発言をしてはいけないと日本ではよく言われる。自衛官がしゃべるとロクなことにならない。戦争になる、国を誤るということなんですけども、諸外国では軍人はみんな政治的発言をしています。
長官は特に政治的発言をしている。私が解任されたあと11月5日アメリカの太平洋司令官が『日本政府との約束で日本政府から一兆円の支援を受けて2014年までに沖縄の海兵隊はグアムに移転することになっている。しかし2014年までに移転するのは無理だ、金も一兆円ではとても収まらない』ということをニューヨークの記者会見で言ったんですね。
これに対してその3日後に国防次官補が『太平洋軍司令官はそういったが我々は日本政府との約束通り2014年までにできるんだ」とこれを否定しました。
太平洋軍司令官は解任されたかと、まだいますよ(笑)。
11月17日、アメリカの参謀本部長『オバマ新大統領が16カ月以内にイラクから撤兵を完了させると言っているけどこれは相当難しい』と言いました。
解任なんかされません。政府の政策に対して意見を言っても解任されることはありません。このくらいのことは世界の将軍はみんな言ってます。
私は歴史認識を言っただけで解任ですから、日本という国はやっぱりおかしいですね。
五百旗頭防衛大学校長は防衛大学校長になってから小泉内閣のメールマガジンで自衛隊のイラク派遣に反対しました。さらに小泉総理の靖国参拝も『日中関係、日韓関係を悪くしただけで全く利益がない」と言いました。しかし彼に対しては何事も起きていません。
防衛大学校長も航空幕僚長も自衛隊法上の身分は自衛隊員ということで同じなんです。だけどなぜか制服だけが怖いというか、攻撃される。
自由民主党というのは日本の保守政治を実現するための政党ということできたわけですけれども、何か問題が起こるたびに少し左による。野党に妥協して少し左による。旧社会党です。左によると次の基準はその左に寄った所になる。問題が起きるたびに左による。こういうスタイルで来た。
我々自衛隊にもできるだけしゃべるなと内部部局が言う、大事な時期だからと。航空幕僚長が『慎重に』というとみんな一歩下がります。一歩下がったところで固定されます。また大事な時期だと、また一歩下がる。慎重に。また一歩下がる。だんだんしゃべれなくなるんですね。
私は貝になりました、本当に。
これでは民主国家じゃないんじゃないかと、いわゆる反日的な言論の自由というのは日本は無限にあるんですね。しかし親日的な言論の自由というのは極めて制約されているんですね。これは私はおかしいと思う。
日本は戦争に負けても昭和50年くらいまで、約30年くらいは日本がなめられるという事象は生じなかったと思うんですね。
ところが昭和52年9月28日ダッカハイジャック事件があった。(日本航空機がハイジャックされバングラディシュのダッカに強制着陸する)日本赤軍の要求が監獄にぶち込まれている6人を解放しろと、金をつけろということで、当時の福田赳夫内閣が16億円の金をつけて、この6人を超法規的行動ということで解放しました。
その1ヵ月半後に拉致されたのが横田めぐみさんですね。11月15日。今帰ってきている曽我さん、蓮池さん、地村さんが拉致されたのは翌年昭和53年ですね。
因果関係が証明できるかどうかはわかりませんが、この辺から拉致が増えたのは事実ですね。
そのあと、教科書の侵略・進出事件というのがありました。昭和60年に中曽根内閣ができて中曽根さんは昭和60年には8回靖国神社に参拝しました。翌61年になって中国からの圧力で靖国参拝をやめた。
それから小泉総理が靖国参拝するまで総理の靖国参拝はできなかったという状況です。
いったん妥協すると必ずそういうことになるんです。
私は群馬県の…、ここに群馬県の方いますかね?総理大臣には特に文句があるんですけど(笑)。
まずダッカのハイジャック事件で拉致のきっかけを作ったんじゃないかと、予想される福田赳夫さん。靖国参拝やめた中曽根さん。中曽根さんはその前に藤尾文部大臣が『日本は韓国に対していいこともした』と言った時にこの人をクビにしたんですね。これが発言をして大臣がクビになるスタートですからね。
小渕恵三さん、我々の持っている対人地雷を廃止しろと言った人ですね。廃止されちゃいました。福田康夫さん、今度はクラスター爆弾やめろと言われちゃいましたね。
本当、この4人に恨みがありますよ、私は(拍手)。
本当に国のこと考えているのかなと思いますよ。クラスター爆弾なんか私現場にいましたからね。私(廃止に)反対していたんですね。抑止力として持っておくべきだと。使うことなんかないんですから、どうせですね。
ないのに、抑止力として持っておくべきだと言っていたら総理の決断が下りたんですね。どういう経緯で下りたんだか私は知りませんけどね、本当に我々の意見は全く無視された。
自衛隊が戦える体制をとらない方が戦争にならないということなんですけども、自衛隊が戦える体制をとることが戦争を抑止するんですね(拍手)。
北朝鮮の工作船を沈めればあれは来ないですよ(拍手)。
中国の艦船が去年は9時間半にわたって尖閣諸島を領海侵犯しました。海上自衛隊が出てけと言っても出てかないです。絶対に海上自衛隊が攻撃しないということわかっているからやるんですね。
9時間半やっても大丈夫だから次は3日くらいやってみるかと思いますね、僕は。3日やって大丈夫なら1週間やります。1週間やって大丈夫ならずっとやっておけということになります。
そしたら中国に取られちゃうんです。ですから戦える体制を取って、行動できることが国を守ることだし国益を守ることなんです。自衛隊が攻撃したら直ちに戦争になるかってなりませんよ、そんなの。
中央政府が戦争することを決定しなければ戦争にならないんです。戦後の日本はちょっとでもいざこざが起きるとそれに引きずられて戦争になるという刷り込みがあるんです。
通常、日本以外の政治家は軍事力が強ければ自分の国を守るために安全だと考えますね。しかし日本の政治家の中に日本の軍事力が強くなりすぎたら危ないと考える人いますね。特に核武装なんかそうです。
核武装なんか言うとみんな怖いと思われるわけです。でも核兵器を持っている国が核兵器を持っていない国に持たせたくない。だから核クラブを作るわけです。持ってない国に持たせない。核兵器を持っている国と持っていない国では外交交渉力に天と地ほどの差があるんです。
最終的に核兵器を持っていない国は持っている国の意思に従属させられるわけです。核兵器は絶対使われることのない兵器です。しかし持っていることが相手の軍事行動を抑止するんです。外交交渉を対等なものにするんです。だから北朝鮮は絶対あきらめないです。
核兵器は通常兵器と違って戦力の均衡を必要としないんです。通常戦力であれば10対1の戦力比であれば10の方が必ず勝つんです。でも核兵器は10対1でも勝者はないんです。両方負けるんです。一発でも核兵器が未注すればそれに耐えることはできないです。たとえアメリカでも。
アメリカやロシアや中国が核兵器いっぱい持っている中で北朝鮮が1発や2発持ってどうするんだ。それで立派に抑止が成り立つんです。核兵器持った国を軍事攻撃でつぶすことはできないんですね。その辺を北朝鮮は十分わかっているから持とうとするんですね。
だから日本も今後の安全保障計画を考えるときに北朝鮮が核武装したという前提で考えておかないと間違えますね。
核武装するのは危ない。だからきちんと議論すれば核兵器を持たない方がいいとわかると石破(元)防衛大臣が言うわけですね。リベラル左派と言われる人たちの票を貰いたいと思うわけですね。左ウィングを伸ばしすぎると右のウィングが縮まっていきます。保守派の票が離れていきますよ。
世界の政治家の中で核兵器を持たない方が核兵器を持つよりもより国の安全を保障できると言っている政治家は日本の政治家以外いないですよ(拍手)。
覚えておいてほしいんですけど、核武装しない方がいいと言っている政治家は何か狙いがあるわけです。
アメリカとドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコ、の5カ国と条約を結んでいるんです。これはニュークリアシェアリングシステムと呼ばれてこの5カ国はアメリカの核兵器を使って日常的に訓練をして、これらの国が核の恫喝を受けた場合は条約に基づいてアメリカの核兵器がこれらの国に渡されることになっている。
だからドイツもイタリアも核武装してないではないかと言いますが、日本とは状況が違う。
日本も核の持ち込み、こういったことは認めて、たとえばアメリカの原子力潜水艦に海上自衛官を乗せてくれと、そして訓練をさせてくれと、そしていざとなったら渡してくれという交渉はできると思うんですよね。
しかし初めから無理だと考えているとそういうこともできないですよね。そういうことも要求できないと、そこには誤った歴史観があると思うんですよね。
私はよその国との比較で日本の国が悪いことを絶対していないと思うのは、15世紀以降白人国家が有色人種の国家を侵略してまわったわけですね。日本は侵略される側にいて最後まで侵略されずに残った国だった。
この白人国家がやった悪行の数々の本が戦前の日本にはいっぱいあった。この本は戦後GHQによって回収されてみんな焼かれてしまった。朝鮮半島でも万州でもあるいは東南アジアでも日本がどんなことをやっていたか、どんな生活をしていたか、あるいは現地の人がどんな状態だったかという本もいっぱいあったんですけどそれも焼かれてしまった。
日本は戦後歴史の教育は向こうの教育を強制されましたけど、地理の教育も強制されました。それはなぜかというと、18世紀の世界地図と20世紀の世界地図と比べると明らかに白人国家が有色人種の国家を侵略しているというのがわかるからです。
日本は占領されて東京裁判をやられますが、これは日本人に罪を押しつける儀式だった。国際法に基づいた裁判でなくマッカーサー法という事後法で裁かれた裁判です。
A級戦犯は昭和21年4月29日、昭和天皇の誕生日に起訴され、7人の方が死刑になった。死刑の執行日は昭和23年12月23日、当時皇太子殿下の誕生日。これは決して歴史の偶然ではない。
戦後、検閲が徹底的に行われました。新聞も日本を褒めることはダメ、アメリカの悪口はダメと、プレスコードというガイドラインに沿って全部直される。OKが出て新聞も雑誌もラジオの放送もなされていた。
公職追放というのがあって、いろいろな人が追放された。その中で影響が大きかったのが帝国大学の総長に戦前追放されていた左翼の人たちが戻ったということだと思いますね。東大総長は南原繁さんです。この方はコミンテルンのスパイだったという噂のあった人ですね。サンフランシスコ講和条約のときもソ連を含めた全面講和じゃないとだめだと唱えた人ですね。
南原繁
明治43年東京帝国大学入学後内村鑑三の弟子となり、生涯を通じて無教会主義キリスト教の熱心な信者であった。一高に入学したときの校長は新渡戸稲造であり、影響を受けた。
〜ウィキペディアより〜
その次は矢内原忠雄さん天皇制反対論者です。
矢内原忠雄
1917年、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。1937年、盧溝橋事件の直後、『中央公論』誌に「国家の理想」と題する評論を寄せた。国家が目的とすべき理想は正義であり、正義とは弱者の権利を強者の侵害圧迫から守ることであること、国家が正義に背反したときは国民の中から批判が出てこなければならないことなど、民主主義の理念が先取りして述べられており、この論文は大学の内外において矢内原排撃の格好の材料として槍玉に挙げられた。
〜ウィキペディアより〜
京都大学に行くと滝川幸辰さんという方がつきました。この型は無政府主義者ということだったようです。
滝川幸辰
ドイツ刑法学における構成要件の理論を日本に初めて紹介し、犯罪を構成要件に該当する違法有責な行為であるとする現在の刑法学の基礎を築いた。
〜ウィキペディアより〜
東大とか京大とか日本のリーダーを作るとことで作った学校が左翼の先生の占拠された状態になったわけです。
当時学校行くほど、勉強すればするほど悪い子になったんです(笑)。
アメリカというのも戦前のアメリカというのはロクな国じゃなかったですね。今はそこそこいい国なりましたけど、それでも相当腹黒いです。
A級戦犯が祭られているから靖国参拝しちゃいけないなんて言うのも、歴史的経緯を全く無視しているんですね。
昭和28年に日本は恩給法と戦傷戦没者遺族等援護法という法律を変えました。戦犯と言われる人にも恩給が出るようにしたんです。すでに命が亡くなっている人にも弔慰金が出るようにしたんです。そのときの法務大臣が国会で戦犯と言われる方々は国内法上は犯罪人ではないんですと明確に言っている。
戦犯と言われる人たちの当時の国民感情はどうだったかというと、巣鴨の刑務所に当時芸能界の超一流と言われる人たちが毎日毎日慰問に行ったんですね。長谷川一夫、淡谷のり子、藤山一郎、そういった人ったちが戦犯と言われる人たちが気の毒だと毎日慰問に行ったんです。
戦犯がけしからんと思っていた日本人はほんのへそが左に曲がった人たちだけなんです。私も最近左翼的な考え方持っている人、見ただけでわかるようになりました(笑)。体がちょっと左に曲がっている。
本当に日本は戦後教育で悪くされてしまったんですね。決して悪くないですね。
日本は明治維新以降9つの帝国大学を作ったんですね。その中で東京大学、虚と大学から始まって、6番目に作られたのが1924年、朝鮮半島に京城帝国大学ですね。1928年台湾に台北帝国大学を作りました。それから3年遅れて1931年が大阪帝国大学です。さらに8年遅れて1932年に名古屋帝国大学です。大阪や名古屋に帝国大学作るよりも朝鮮半島や台湾に先に帝国大学を作っているということは記憶されていていいべきことではないかと思います。
日本は陸軍士官学校に朝鮮人も中国人も入れました。
朝鮮人にも天皇陛下がちゃんと金殊勲賞だしている。
朝鮮の李王朝の最後の皇太子殿下は陸軍中将でしたがこの方と結婚されたのは梨本宮方子妃殿下ですね。ラストエンペラー溥儀殿下の弟の中国人と結婚したのは嵯峨浩妃殿下です。
このように日本は帝国大学を作った、士官学校にも入れた、嫁にもやった。
イギリスがインドを占領してインド人をイギリスの士官学校に入れませんね。イギリスの王朝からインドの王朝に嫁にやりませんね。オランダの王朝からインドネシアの王朝に嫁にやりませんね。日本はみんなやったんです。その日本が一番悪いと言われている。
調べれば調べるほど違うんです。
公平に日本が侵略国家ということでなく判断しなければいけないと思います。
日本は本当に素晴らしい国だと思います」
自衛隊の問題を追及しているジャーナリストの方も来ていました。
「戦前のあの時代が本当にいい時代と思っているのか、戦前の言論統制のひどかったときを本当にいい時代と思っているのか、国民を抑圧していたあの軍隊を本当にいい軍隊だと思っているのか、本人に確かめたい」と言ってました。
で、少しですが僕の気がついたことです。
田母神氏はダッカ事件がきっかけで拉致事件が始まったと認識されているようですが、久米裕さんが拉致されたのは昭和52年9月19日でダッカ事件よりも前です。
また帝国大学を朝鮮半島や台湾に早く作ったと言っていますが、こういう考え方もあります。
朝鮮人も一定数は行政ポストに就くようになった。しかし日本は植民地政策を棄てたわけではない。右のような措置は、日本指導者層の頭の中では何よりも朝鮮人知識人の反発をしずめるねらいのものだったのだ。占領者の真意をうかがわせる数々の実例をあげることができる。1925年、京城帝国大学予科に入学できた学生は、日本人233名に対し朝鮮人はたった71名に過ぎなかった。(以下略) 朝鮮史/李玉著より
同じ敗戦国のドイツのことが出てきましたが、ドイツはナチスとはきちんと訣別していて、あのナチスの時代は素晴らしかったとはあんまり閣僚は言わないような気がしています。
田母神俊雄氏
田母神氏の考えかについてはいろいろな意見があるかと思います。念のためお断りしておきますが、僕はネットウヨと呼ばれるような方々との不毛な議論は望んでおりませんので、そういう方の書き込みはとっとと削除させていただきます。どうぞよろしくお願いします。
この記事に対するコメント
「Voice of America」などによると
南京の記述が無い無いと騒いでいた(2007年2月頃)、
翰林版の教科書にも、最後の付録の大時紀(大年表)に
"日軍入城大肆殺戮、是為南京大屠殺"
と書いてあるそうです。
http://www.voafanti.com/gate/big5/www.voanews.com/chinese/archive/2007-02/w2007-02-13-voa42.cfm
臺教科書淡化南京屠殺國民黨不滿 記者: 張永泰
台北
Feb 13, 2007
台灣新版高中歴史教科書當中,出現了淡化處理南京大屠殺事件的情形。
在野黨的國民黨對此相當不滿,並提出了批評。
有關1937年的南京大屠殺事件,台灣今年許多不同版本的高中歴史課本都出現了淡化處理的情形。
以翰林版為例,課文沒有提到南京大屠殺,只在最後附録的大事紀當中提到“日軍入城大肆殺戮,
是為南京大屠殺”15個字。
Voice of America
情報ありがとうございます。
が、しかし僕は中国語が読めないのですが雰囲気だけは感じ取れました。